「不覚」いつでも起こりえる

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「不覚」いつでも起こりえる

住職ブログ

2019/09/23 「不覚」いつでも起こりえる

意識がはっきりしないことを「前後不覚に陥る」と言ったり一瞬の油断で失敗したときに「不覚にも」と言ったりする、「不覚」も仏教用語です。日常の中では覚えがない、覚えていないという意味で用います。
最近は携帯電話やスマーフォンが普及しましたが人込みなどで着信音が聞こえると自分の携帯電話かな?とバッグやポケットを探る光景があります。本当は他人にかかってきた電話ですが、自分にかかってきたと勘違いしてしましますが、これは錯覚といえるでしょう。この錯覚と仏教でいう「不覚」は深くかかわっています。
不覚とは、仏の智慧に目覚めないこと、無明を意味する言葉です。ちょうど方角に迷ってしまい、進むべき方向が東であるにもかかわらず、西へ向かってしまうことがあるように、方角を立てることにより方向を取り違えてしまう働きを無明といいます。私たちは自分の失敗を反省する気持ちは持ち合わせていますが、失敗したのは不覚にも失敗したのであり偶然であると考えます。本来の自分であれば失敗したはずはないと思うのです。しかし仏教ではそれが危ないと教えます。いつ失敗しても不思議でないのが人生です。失敗しないことが正しく失敗したことは間違いであると思いたいところですが実は、逆であるというのです。物事をとらえる方向を取り違えているというのです。
大きな決断を迫られたとき「覚悟はできている」ということがあります。仏教で教えるのは、そう決断しようとしている自己自身を見据えることです。

 

 

 

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